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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)3437号 判決 1995年6月29日

原告

甲野一郎

原告

春山花子

右両名訴訟代理人弁護士

谷正道

被告

丙川次男

右訴訟代理人弁護士

大久保康弘

辛島宏

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告甲野一郎、同春山花子に対し、各金二七一〇万一六七八円並びに内金二六六〇万一六七八円に対する平成二年一〇月二一日から、内金二五万円に対する平成六年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、道路上に転倒していた被害者を被告運転の自動車が跳ねて死亡させたとして、被害者の両親である原告らが、同車の所有者であり運転車である被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成二年一〇月二一日午前四時一五分ころ

(二) 場所 大阪府堺市浜寺石津町東国道二六号線堺高架橋(自動車専用道路)堺高上り17.2キロポスト先路上(以下「本件道路」という。)

(三) 事故車 被告の所有・運転にかかる普通乗用自動車(なにわ五六〇〇〇〇、以下「被告車」という。)

(四) 事故態様 甲野太郎(以下「太郎」という。)が自動二輪車の運転を誤って本件道路上に転倒していたところ、本件道路を大阪方面に北進していた被告車にその頭部を轢過されたもの

2  責任原因

被告は、被告車の所有者であり、本件事故時、自己のため同車を運行の用に供していた。

3  損害のてん補

原告らは自賠責から二五〇〇万一八〇〇の支払いを受けている。

4  相続

原告らは、太郎(昭和四七年一一月一三日生)の両親であり、太郎の死亡により、同人に生じた財産上の地位を法定相続分に従って相続した。

三  争点

1  本件事故と太郎の死亡との因果関係の有無

(原告らの主張)

被告運転の被告車が太郎を轢過した時点では太郎は生存していたのであるから、本件事故と太郎の死亡との間には因果関係がある。

(被告の主張)

右轢過の時点で太郎が生存していたとの立証はない。

2  被告の過失の有無・過失相殺

(被告の主張)

被告は、本件道路を時速六〇キロメートル程度で走行し、約五〇メートル前方に何か物が落ちているのを認めたが、本件事故時が早朝であって現場が暗く、しかも、本件道路が自動車専用道路であるから信頼の原則により本件道路上に人が倒れていることにまで配慮して運転する必要はないことを考えると、被告は、それが人(太郎)であるとは認識し得なかったのであり、したがって、被告には過失はない。

仮に、被告に過失があるとしても、本件事故は、被告とは無関係に太郎が自ら自動車専用道路で倒れるという事故を起こしたことにより発生したものであるから、本件事故の発生につき、太郎に重大な過失があり、太郎の過失割合は九割以上あるというべきである。

(原告らの主張)

日の出前で暗かったとしても、本件道路側灯の照明があったのであるから、被告が前方を注視していれば、(被告車の速度は時速八〇キロメートルと推測されるが)仮に時速六〇キロメートルで走行していたとしても、人が転倒していることに気付いてその手前で停止することができたはずであるから、被告には過失がある。

本件事故は、太郎の転倒と同時に発生したものでなく、転倒後、路上に横たわる太郎を轢過したものであるから、仮に、右転倒に太郎の過失があったとしても、右過失は過失相殺の対象とならない。

3  本件事故による損害賠償請求権の消滅時効による消滅の有無

(被告の主張)

本件事故発生日は平成二年一〇月二一日であるから、本件事故による損害賠償請求権の消滅時効は平成五年一〇月二〇日に満了するところ、原告ら代理人は、右時効期間満了前である同月四日に右賠償請求権を行使して裁判外の催告を行い、右催告は、同月五日、被告に到達した。しかしながら、本件の訴えが提起されたのは、右催告から六か月経過後の平成六年四月七日であり、右時効はすでに完成しているから被告は、右時効を援用する。

(原告らの主張)

原告らは、平成三年九月二四日、自賠責保険から本件事故の損害賠償金として二五〇〇万一八〇〇円の支払いを受けているが、右支払いがなされる場合には事前に保険契約者である被告に照会がなされているにもかかわらず、被告は右照会に対して異議をとどめなかったのであるから、被告は、原告らの自賠責保険請求という形式による損害賠償請求に対してこれを承認したものである。

仮に、本件訴えの提起が消滅時効完成後であったとしても、消滅時効完成のわずか二日後であったこと、原告らは自賠法所定の被害者請求をし、かつその後催告も行っていることを考慮すれば、被告に時効利益を享受させる必要はなく、被告の右援用は権利濫用である。

4  損害

(原告の主張)

(一) 逸失利益

四二二〇万五一五六円

(二) 死亡慰謝料 三五〇〇万円

(三) 葬儀費用 一五〇万円

(四) 弁護士費用 五〇万円

合計 七九二〇万五一五六円

第三  争点に対する判断

一  まず、争点3(時効による消滅の有無)について判断する。

1  本件事故による損害賠償請求権の消滅時効は、本件事故発生日が平成二年一〇月二一日であるから(争いがない)、法定の中断事由がなければ、三年後の平成五年一〇月二一日の経過をもって満了する。

原告ら代理人は、右時効期間満了前の平成五年一〇月四日、右損害賠償請求権を行使して裁判外の催告を行い、翌五日、被告に到達したが(乙三、弁論の全趣旨)、本件の訴えが提起されたのは、右催告から六か月を経過した後の平成六年四月七日であるから(顕著な事実)、右催告は時効中断の効力を生じない。

2  原告らは、自賠責保険の損害賠償金支払いの前になされる被告への照会に対して被告が異議をとどめなかったことをもって本件事故による損害賠償請求権の承認があったものと解し、右支払いがなされた平成三年九月二四日ころ、右消滅時効は中断した旨主張する。

しかしながら、そもそも、時効中断事由としての承認とは、時効の利益を受けるべき当事者(被告)が時効によって権利を失うべき者(原告ら)に対し、その権利の存在することを知っている旨の表示をすることであると解されているところ、原告らのいう照会とは、自賠法所定の被害者請求があり、自賠責保険の支払いがなされる前に自動車保険料率算定会の調査事務所から被告に対し、原告らがなした本件事故による損害賠償請求に対する意見を求めるものであり、被告が右照会に対して回答しなかったため、自賠責保険から前記した賠償金が支払われたことが認められる(弁論の全趣旨)。右事実によれば、被告が回答しなかった右行為は、原告らに対して向けられたものでないことは明らかであり、したがって、被告の右行為をもって被告が原告らに本件事故による損害賠償請求権の存在を知っている旨の表示をしたものとは認めることはできず、被告の右照会に対する不回答の行為を消滅時効の中断事由である承認と解することはできない。

以上から、結局、本件事故による損害賠償請求権の消滅時効は、平成五年一〇月二一日の経過をもって満了したことになる。

3  原告らは、消滅時効完成が本件訴えの二日前であったこと、自賠法所定の被害者請求をし、かつその後催告も行っていることから、被告の右時効援用を権利濫用であると主張する。

しかしながら、そもそも消滅時効というのは、法が認めた中断事由がなく一定の期間が経過した場合、当該権利が消滅されたものとすることで権利関係の法的安定を図ろうとしたものであり、このように一定期間の経過をもって一律に法的安定を図ろうとした時効制度の趣旨に鑑みれば、本件訴えが消滅時効の完成からわずか二日遅れたにすぎないとしても、消滅時効完成の事実は動かせないものであるうえ、原告らが自賠法所定の被害者請求をし、かつその後前記の催告を行っていたとしても、そのことが被告の時効利益を享受する権利を失わせることにはならないし、本件全証拠によっても、他に被告の右時効援用が権利濫用になることを窺わせる事実を認めることもできない。

よって、被告の右時効援用を権利濫用とは到底認められない。

4  なお、付言するに、被告は自動車専用道路である本件道路を被告車を運転して時速六〇ないし六五キロメートルで走行中、その進行先の路上に転倒していた太郎につき、約四三メートル手前で何か物らしきものがあると認めて減速し、約一二メートル手前で人であることに気付いて急制動の措置をとったが間に合わず轢過してしまったことが認められ(甲一ないし四、被告本人)、右事故態様を考慮すれば、被告が路上に転倒していた太郎を人と認識したのが多少遅れた過失があったとしても、本件事故における太郎の過失割合は少なくとも七割を越えるものと認められる。

したがって、仮に原告らの請求金額を前提にしたとしても、右過失相殺及び前記した自賠責支払分を損益相殺すれば、原告らの請求金額は残らないものといえる。

二  以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの請求には理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官佐々木信俊)

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